↑(写真)サンパウロの日本人街

vol.3の続き

ブラジルに移住した日本の方々の暮らしは、
やはり体力的にも、また言語の面でも、非常に厳しかったはいうまでもない。
その境遇に耐えられなかったとしても、「はい、帰ります」とはいかない時代。
多くの苦労をされていたらしい。

しかし、そこは誇るべき日本人スピリットなのか?
日本から来た方々はコツコツとブラジルに農業を広め、
その内にブラジルでは、「日本人は農業の神」だとも言われたと言う。

しかし、アメリカの参入など色々な時代の背景から、
今、日系として生まれてきた彼らの子供たちは、
逆に日本に出稼ぎに行っているというのが現実。
横田さんも今、畑を持っているのだが、
資金や後継者などの関係で現状は農業が出来ていないようです。

そこで、横田さん、蛸井さん、中沢さんは立ち上がり、
かつてのような畑をやりたい、
今、日本でも話題に多く上がる、農薬や遺伝子組み換えなどのない安全な作物を作りたい、
また植林を活性化し、開拓されてしまったアマゾン地区に木を戻したい、
そして、若い人たちに仕事を与えたいという熱い思いを実現させようと、
現在活動しています。

それには、やはり、どうしても資金が必要だということで、
現在、協力をしてもらえる企業を探すため、
横田さんはブラジルに住みたい気持ちを抑えて、単身で日本に戻って来ているのです。

18歳の頃からブラジルにいて、広い大地の中で農業をやっていた横田さんにとって、
夢の為とはいえ、都市近郊で一人暮らすことは、容易いことではないでしょう。
しかし、夢のために頑張っているんです。
すごいですね~、本当に。
この活動を一人でも多くの人に知って欲しいと、そう彼らは言っています。

なお、現在、共感をもち、このプロジェクトに参加してくださる企業の方がいるようで、
近い将来、このお三方の夢が実現するかもしれないそうです。
私にはこのように伝えることしかできないかもしれませんが、
私なりにこの方々の活動を応援できればな、と思ってます。

70歳になってもこんなに熱い夢を持っていると、
若く、元気でいれるのかもしれません。
かっこいいですよね。

さて、話戻りまして、
初日はサンパウロの街を案内して下さることに。
初めてのブラジル散策です。
サンパウロは今、光化学スモッグで非常に空気が悪い。
空もドンヨリして、喉も痛くなってきます。

しかし、世界に注目されるブラジル、
何かこれから発展してきそうな、パワーみたいなものを感じる。
不思議なのは、平日の真っ昼間なのに、
なぜこんなに人がたくさんいるんだい?
ブラジルは危険、とは言われつつも、
せっかく来たし、家族や友達にブラジルを見せてあげたい、という思いから、
ビデオや写真を撮りまくりたい私。
すごい周りをキョロキョロしながら、
逆に私が危ないんじゃないかってくらい、
写真一枚撮っちゃ~、前にしょったリュックにさっと隠し、
ビデオで撮るって言ったって、
さ~っと撮って、さっと隠す。
この繰り返し。
のんびり撮ってなんかいられない。
だから帰国してそのビデオ見てみたら、ターンが早くて、酔いそうになる感じ

↑サンパウロのショッピングエリア

サンパウロの日本人街を歩く。
なんともオリエンタルな雰囲気。
かつては日本の商店が並んでいたこの街ですが、今は中国や韓国が多く入り込み、
日本はひっそりとしているそうです。
横田さん曰く「日本人は正直すぎて、商売に向いてない」とおっしゃっていました。
う~ん、でも正直なとこがいいんだけどな~。
(最近は正直じゃない会社もいて、多々ニュースになってますね…)
私達は日本人移民情報館へ行こうとすると、
何やら黒っぽいパンク風ファッションの若者がズラ~っと並んでいた。
そして、その若者たちの目は、私達に興味津々な感じ。
空気が悪いからといってマスクをしていた友人・和田さんは、
写真を撮らせてくれ!と言われる始末。
これは一体?
話を聞いてみると「雅」という日本のアーティストがライブをやるんで、並んでいるとのこと。
日本でも一部の若い子たちに熱狂的指示をされているというのをテレビで見た事があったけど、
こんな遠いブラジルでもこんなに熱狂的ファンがいるんだ~と感心。
日本人というだけで、その若者たちに私達は興味の的だったようです

>>vol.5へ続く

↑サンパウロの壁にかかれた「日本」